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		<title>但馬学研究会</title>
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		<item rdf:about="http://tajimagaku.net/blog/index.php?e=81"><link>http://tajimagaku.net/blog/index.php?e=81</link><title>4月例会案内</title><description>テーマ　　◆出石鉄道よもやま話◆短命に終わった悲運の出石鉄道を中心に、但馬・北近畿の鉄道の歴史を紐解きます。鉄道や近代化遺産について、ミクロからマクロ、技術から社会背景まで広く深く調査・研究されている永井さんを講師にお招きし、今に残る数少ない遺構もいくつかご案内いただきます。硬軟自在の多彩な視点から繰り広げられる「永井ワ</description><content:encoded><![CDATA[テーマ　　◆出石鉄道よもやま話◆<br /><br />短命に終わった悲運の出石鉄道を中心に、但馬・北近畿の鉄道の歴史を紐解きます。鉄道や近代化遺産について、ミクロからマクロ、技術から社会背景まで広く深く調査・研究されている永井さんを講師にお招きし、今に残る数少ない遺構もいくつかご案内いただきます。硬軟自在の多彩な視点から繰り広げられる「永井ワールド・鉄道編」をお楽しみください。<br /><br />講　師　　永井英司さん（郷土史家／森林インストラクター）<br /><br />日　時　　平成24年4月28日（土）12時～16時<br /><br />場　所　　<br />　　　　　　集合（昼食）：　レストラン鳥居の里　（出石町鳥居 やすらぎ農園内 ℡ 0796-52-5553）<br />　　　　　　例会　　　　：　暮らしの学校 の～ら　（出石町鳥居785　　℡ 0796-20-1295）<br /><br />スケジュール　<br />　　　　　　12時集合　　レストラン鳥居の里で昼食<br />　　　　　　　　　　　　　　　（鳥居やすらぎ市民農園管理棟）<br />　　　　　　13時　　　　 遺構見学<br />　　　　　　13時30分　 講義＆質疑応答　（の～らにて）<br />　　　　　　15時30分　 メンバートーク<br />　　　　　　16時　　　　 閉会<br /><br />参加締切　　　4月26日（木）<br /><br />例会担当者　　中田、木村、上田、友田<br /><br />周辺地図<br /><a href="http://tajimagaku.net/blog/http://g.co/maps/a9q74" target="_blank">http://g.co/maps/a9q74</a><br />]]></content:encoded><dc:subject>例会案内::2011年度</dc:subject><dc:date>2012-04-10T06:35:13+09:00</dc:date><dc:creator>tajimagaku</dc:creator><dc:publisher>BlognPlus</dc:publisher><dc:rights>tajimagaku</dc:rights></item>
		<item rdf:about="http://tajimagaku.net/blog/index.php?e=80"><link>http://tajimagaku.net/blog/index.php?e=80</link><title>2011年～2012年度　3月例会案内</title><description>　　　　　　　                      　　 テーマ　　　　　「岩津ねぎを語る」　　　　　　　　　　　　　◆  「まぼろしのねぎを全国に知らしめる」その道◆ 「江戸時代、兵庫但馬の生野銀山で働く人々の冬の栄養源として、栽培され始めたのが「岩津ねぎ」のルーツ。真夏に苗を植え付け、凍てつく冬に収穫。厳しい自然の中、大切に農家が育</description><content:encoded><![CDATA[　　　　　　　                      　　 テーマ　　　　　<b>「岩津ねぎを語る」</b><br />　　　　<br />　　　　　　　　　◆  「まぼろしのねぎを全国に知らしめる」その道◆<br /> <br />「江戸時代、兵庫但馬の生野銀山で働く人々の冬の栄養源として、栽培され始めたのが「岩津ねぎ」のルーツ。真夏に苗を植え付け、凍てつく冬に収穫。厳しい自然の中、大切に農家が育てたねぎは、雪や霜にあたると旨味を増す。」という、うたい文句で始まるパンフレット！野菜で商標登録を取るのは難しい、それを可能にした取り組みの全てを語ってもらいます。<br /><br /><br />日　時　　<b>2012年　3月24日（土）</b>12時から16時<br /> <br />場　所　　<b>多々良木みのり館</b>　朝来市多々良木727-2 ℡　079-678-1414<br /> <br />講　師　　<b>朝来市役所朝来支所地域振興課長 兼朝来公民館長  澤田郁夫氏</b><br /><br /><br />  <br />スケジュール　　12時集合　　多々良木みのり館レストランで昼食<br />                                     　　　　　　　　　           　　　　　（食後、研修棟、小会議室に移動）<br />　　　　　　　　13時           　　　お話を聞く<br /><br /> 　　　　　　　　15時30分　  　質疑応答<br /> <br />　　　　　　　　16時　　　　　　閉会<br /><br /> 参加締切　　　3月21日（水）<br /><br /> 例会担当者　  戸田  浜野  中安<br />]]></content:encoded><dc:subject>例会案内::2011年度</dc:subject><dc:date>2012-03-15T11:59:05+09:00</dc:date><dc:creator>Webmaster</dc:creator><dc:publisher>BlognPlus</dc:publisher><dc:rights>Webmaster</dc:rights></item>
		<item rdf:about="http://tajimagaku.net/blog/index.php?e=79"><link>http://tajimagaku.net/blog/index.php?e=79</link><title>2011年～2012年度　2月例会報告　　「幻想の野鳥に出逢う！」</title><description>■□　　但馬学研究会　2011年度～2012年度　2月例会報告　　□■日時：2012年2月25日（土）　12：00〜16：00場所：コウノトリ文化館　（豊岡市祥雲寺127）講師：松島興治郎　氏　（コウノトリ文化館名誉館長）【昼食】コウノトリ郷公園内コウノトリ本舗食堂。ありふれた会席料理だがお品書きにも食材の生産者の氏名が書かれており主と</description><content:encoded><![CDATA[■□　　但馬学研究会　2011年度～2012年度　2月例会報告　　□■<br /><br />日時：2012年2月25日（土）　12：00〜16：00<br />場所：コウノトリ文化館　（豊岡市祥雲寺127）<br />講師：松島興治郎　氏　（コウノトリ文化館名誉館長）<br /><br />【昼食】<br />コウノトリ郷公園内コウノトリ本舗食堂。ありふれた会席料理だがお品書きにも食材の生産者の氏名が書かれており主として北但・丹後の業者がかかわっていることがわかった。<br /><br /><a href="http://tajimagaku.net/blog/files/120314_matsushima-1.jpg" target="_blank"><img src="http://tajimagaku.net/blog/files/120314_matsushima-1.jpg" width="320" height="240" alt="" /></a><br /><br />【はじめに】<br />縁あってこの度特別天然記念物コウノトリの人工飼育と自然界放鳥に導かれたコウノトリ文化館名誉館長の松島興治郎氏、見方を変えればコウノトリに捕獲された人間松島興治郎氏のお話を伺うことができた。十分にまとめきれていないがその内容を感想も含めて記してみた。<br /><br />【コウノトリ　一口メモ】<br />東南アジアからの渡り鳥でアムール川流域から行き来していた。中国南東部、朝鮮半島、日本に住む。<br />食べ物　魚類、ヘビ、カエル、ネズミ等を食す。<br />生　体　　全長約110cm、羽根を広げると約200cmにもなる。<br />　　　　　1.まれに裏返しで空を舞うことがある。<br />　　　　　2.大きな赤松の樹上に巣を作ることから松上の鶴と云われることが多くあった。<br />　　　　　3.昭和34年豊岡地方で最後のヒナが生まれた以後、繁殖を見なくなってついに滅亡へと進む。<br />　　　　　4.コウノトリは風上に向かって立ちすくむ。<br />　　　　　5.平成元年（1989）飼育25年目、初めてヒナ誕生。<br />　　　　　6.平成17年（2005）9月24日最初の試験放鳥5羽。<br /><br /><a href="http://tajimagaku.net/blog/files/120314_matsushima-3.jpg" target="_blank"><img src="http://tajimagaku.net/blog/files/120314_matsushima-3.jpg" width="320" height="240" alt="" /></a><br /><br />【兵庫県北部　コウノトリ生息数】（資料より抜粋）<br />天保年間1830～　出石鶴山に一つがい営巣（仙石久利　絶対禁獲区とする）<br /><br />明治初年頃～　　　鶴山付近に飛来するものあり<br />　　25年（1892）　鶴山のコウノトリ捕獲の勅令<br />　　27年（1894）　鶴山にひとつがい営巣<br />　　37年（1904）　　　同上<br /><br />大正　9年（1920）　　30羽内外　3巣<br />　　10年（1921）　　鶴山天然記念物に指定<br /><br />昭和　2年（1927）　　11巣<br />　　　5年（1930）　　100羽内外　10巣　親鳥32　ひな22<br />　　　9年（1934）　　20巣　41羽<br />　　10年（1935）　　18巣　38羽<br />　　18年（1943）　　鶴山松樹伐採　19年からは１巣もなし<br />　　31年（1956）　　22羽　30年に円山川に30羽集合<br />　　33年（1958）　　10巣　21羽<br />　　34年（1959）　　11巣　20羽<br />　　38年（1963）　　14羽　文部省文化財保護委人工飼育保存決定<br />　　40年（1965）　　11羽　2羽を捕獲して人工飼育始める<br />　　46年（1971）　　野生最後の1羽が捕獲されるも死亡<br />　　61年（1986）　　捕獲飼育されていた最後の個体が死亡<br /><br />平成24年（2012）　143羽（野生48羽　センター内95羽）　（2月25日現在）<br /><br />【捕獲したコウノトリ】（資料より抜粋）<br />豊岡市内<br />昭和40年（1965）　2月11日　　2羽　豊岡市福田地内<br />　　　42年（1967）　1月11日　2羽　出石町伊豆地内<br />　　　　　　　　　　　2月1日　2羽　飼育所内（野上）<br />　　　44年（1969）　1月11日　　2羽　出石町鳥居地内<br />　　　46年（1971）　4月15日　　1羽　豊岡市香住地内で捕獲<br />　　　　　　　　　　（小計）　　9羽<br />その他での保護捕獲入数<br />昭和46年（1971）　2月28日　　1羽　福井県武生市から<br />　　　　　　　　　3月1日　　　1羽　鹿児島県徳之島町から<br />　　　　　　　　　（小計）　　2羽<br />捕獲した合計　　　　　　　　　11羽<br /><br /><a href="http://tajimagaku.net/blog/files/120314_matsushima-2.jpg" target="_blank"><img src="http://tajimagaku.net/blog/files/120314_matsushima-2.jpg" width="320" height="240" alt="" /></a><br /><br />【コウノトリ（鶴）の一声】（松島語録）<br />○　昨今、自然のあり方（土水空気）をこわしているのは人間だけだ。鳥魚獣などの動物はそんなことはしていない。私はそんな人間の傲慢さは許せないと思っている。地球と云う生命共同体に優しい心で接してきた旧人類のそんな生き方に対して今後我々はどのような行動で答えていくべきか反省しないければならない。<br />○　方法が分からない時は鳥に相談した。<br />○　私は職人である。<br />○　神の領域には手を出すな。<br /><br />【質疑応答】<br />Q：　松島さんがコウノトリを今日まで育てられた功績の大きさは云うに及ばないが、今後どのように生きて行かれるのか？<br />A：　一市民として今後何が出来るか。お世話になった市民の方々に恩返しができればと思っているが、日々コウノトリの環境も変わってくる。それに対して人間が手助けをするしないと言うことに関しては肯定も否定もしない。<br /><br />Q：　今までどんな思いでコウノトリと接して来たか、またそれを支えたのは何だったのか？<br />A：　その時々の考え方を話すが、動物的な考えが下地にあったし、これはいけると思った。また引くに引けない場合が度々あったが自分の責任で行ったこともある。私はその頃から願えば叶うではなく叶うまで願う、と云う言葉を心の糧にしている。<br /><br />Q：　今後野生に帰ったコウノトリが昔の様に松の樹上に巣を作ると思われるか？<br />A：　作らないだろう。なぜかと言うと赤松の樹が十分にない。赤松は大樹になるまでに永い年月を要する、それまでは他の樹に巣を作るしか方法はないと思える。（外国では白樺の樹に営巣している所もある。）<br /><br />【あとがきにかえて】（後日余話）<br />○　今回昔ながらの囲炉裏を囲んでの講演であった。体の暖は赤々もえる炭の火で心の暖は水辺で鮒、鯛、うなぎ等が体を休めるが如くにやさしく包む氏の話術で時を忘れた。これまでの道は二者択一といったそんなやさしい選択ではなく進む道は只ひとつ一所懸命（ひとつの所に命を懸けると云う意味）その仕事をするのみだったとキッパリと云われる口元からは「和して同じず」の何事にもぶれない強い姿勢が感じられる。（しかしそんな中でも母がくれたやさしさが全ての生き物に通じることが大切なんですよ、、、と云われた時はこぼれ落ちそうな笑顔であった。<br /><br />○　コウノトリ人工飼育事業の　歴史的変遷、組織、予算など人間相手のわずらわしさ無責任さにも笑顔でサラット触れられた。<br /><br />○　世にこんな俗謡がある「駕にのる人担ぐ人そのまたわらじをつくる人」コウノトリ事業の一連の快挙に駕にのる人担ぐ人はわんさといる。わらじをせっせと編んできた人松島氏にもやっと陽がさした。<br /><br />○　功なり名を遂げられた氏であるコウノトリ文化館名誉館長としての処遇は至極当然で、しかし氏には尻こそばゆく迷惑であろう「やはり野に置けれんげ草」である。我々は氏と接した3時間余りで野に咲くれんげ草黙々と「わらじ」を編む氏こそが良く似合うと思った次第である。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　【文責：飯尾】]]></content:encoded><dc:subject>例会報告::2011年度</dc:subject><dc:date>2012-03-14T15:47:50+09:00</dc:date><dc:creator>Webmaster</dc:creator><dc:publisher>BlognPlus</dc:publisher><dc:rights>Webmaster</dc:rights></item>
		<item rdf:about="http://tajimagaku.net/blog/index.php?e=78"><link>http://tajimagaku.net/blog/index.php?e=78</link><title>2011年～2012年度　2月例会案内</title><description>テーマ　　：　　　　　　　　　　幻想の野鳥に出逢う！　　　　　　　　　　　　　◆       今何を語りかけているのか？ ◆1965年（昭40）野生のコウノトリのペアを捕獲、その後の人工飼育での苦労話。「煎り豆に花や」と、言われようとも・・・・・松島さんのみぞ知る秘話を話していただきます。知識を多く持つことはそれぞれの人生を&lt;b</description><content:encoded><![CDATA[テーマ　　：　　　　　　　　　　<b>幻想の野鳥に出逢う！</b><br />　　　　　　　　　　　　　◆       今何を語りかけているのか？ ◆<br /><br />1965年（昭40）野生のコウノトリのペアを捕獲、その後の人工飼育での苦労話。<br />「煎り豆に花や」と、言われようとも・・・・・<br />松島さんのみぞ知る秘話を話していただきます。知識を多く持つことはそれぞれの人生を<br />豊かにする、コウノトリの事ばかりとは申しませんが、より深く知ることも又，楽しいの<br />ではないでしょうか。<br /><br />日　時　：　　<b>2012年　2月25日（土）　　12：00～</b><br /><br />場　所　：　　<b>コウノトリ文化館</b>　　豊岡市祥雲寺１２７<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　℡　0796-23-7750<br /><br />講　師　：　　<b>松島興治郎氏　（コウノトリ文化館名誉館長）　<br /></b><br />スケジュール　12：00集合　　コウノトリ本舗で昼食（駐車場内）<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　食事後、文化館に集合<br /><br />　　　　　　　13：00　　　　講演と質議応答<br /><br />　　　　　　　15：30　　　　メンバートーク<br /><br />　　　　　　　16：00　　　　閉会<br /><br /><br />参加締切　　　　2月21日（火）<br /><br />例会担当者　島垣　守山　飯尾<br /><br />]]></content:encoded><dc:subject>例会案内::2011年度</dc:subject><dc:date>2012-02-14T15:42:35+09:00</dc:date><dc:creator>Webmaster</dc:creator><dc:publisher>BlognPlus</dc:publisher><dc:rights>Webmaster</dc:rights></item>
		<item rdf:about="http://tajimagaku.net/blog/index.php?e=77"><link>http://tajimagaku.net/blog/index.php?e=77</link><title>2011年～2012年度　1月例会報告　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</title><description>■□　　但馬学研究会　2011年度～2012年度　１月例会報告　　□■日時：2012年1月28日（土）　12：00〜16：00場所：但馬米穀（株）　（豊岡市）講師：下垣　巧氏　　　  中西　寛氏【中西氏】まず、昔の但馬</description><content:encoded><![CDATA[■□　　但馬学研究会　2011年度～2012年度　１月例会報告　　□■<br /><br />日時：2012年1月28日（土）　12：00〜16：00<br />場所：但馬米穀（株）　（豊岡市）<br />講師：下垣　巧氏<br />　　　  中西　寛氏<br /><br /><a href="http://tajimagaku.net/blog/files/kome.jpg" target="_blank"><img src="http://tajimagaku.net/blog/files/kome.jpg" width="320" height="240" alt="" /></a><br /><br />【中西氏】<br />まず、昔の但馬の稲作の話。大東亜戦争が終わる頃、とにかく食べるものがなかった。<br />三菱で魚雷艇の新型ロケットエンジンを造っていたが、空襲で焼け、悲惨な暮らしをし<br />ていた。餓死寸前という状況だった。これでは駄目だという事で、農業をすることにな<br />った。稲作は政府の方針で、「食味」より「収量」が優先されていた。たくさんとれる<br />お米22号・23号・ニホンバレを作っていた。コシヒカリは後に明石の試験場で出来たも<br />の。<br /><br />当時はまだ牛で田んぼを鋤いていた時代。牛を動かすのにも、餌を食べさせた後、<br />牛の反すうを待って、複数ある胃袋の最初の胃袋より二番目から後に餌が移るのを待た<br />なければ、お腹がぶぅっと膨らんで、死んでしまう事になった。人から牛を借りて農作<br />業をしたが、牛のケアを心配され、なかなか思ったように仕事が出来ず、牛を買って飼<br />う事にした。牛に鋤かせた土は、干からびると、土の悪いバクテリアが死んだり、土の<br />成分が出て、多くの肥料を必要としなかった。今のトラクターでの耕運だと、土が干か<br />らびないので、そんな効果が無い。<br /><br />当時の日本政府からは、机上での収量予測で、一反<br />あたり6俵の供出を求められたが、出来ずに困った。強権発動で、ひどい目にあったこ<br />ともある。しかし、多くとれる年もあった。23号のお米で、一反あたり9俵もとれた場<br />合も。それは、肥料でも農法でもなく気候によった。お金に余裕が出来、肥料をたくさ<br />ん撒いた場所もあったが、稲が吸収する養分は決まっているので、肥料の撒き過ぎはも<br />ったいないし、稲が倒れるし、病気にもなる。また、肥料が少ないと、収量が足らなく<br />なる。真ん中あたりで稲作をするのが良いと、昔から聞いている。<br /><br />現在の稲わらを田ん<br />ぼにコンバインでまくやり方をやるだけで、土は肥えていく。堆肥はムラになってまき<br />にくい。田んぼ全体が同じように稲が育ちにくい。<br /><br />稲は自家受粉。花が咲くのもわずかに2時間程度。それも、開花時が「まん」が良く、<br />晴れ。植物がその時期を何故か知っている。稲は、今の多くの種子がそうであるように<br />F1というわけではない。自家受粉の特徴だが、何世代か同じ種籾で稲作を続けると、そ<br />の親の種の特徴を帯びるようになる。今のコシヒカリという品種は、収量がとれだした<br />後、食味が求められて出来た品種。しかし今後変わっていくと思う。但馬でも、ツヤヒ<br />メなどの種が多くなるのではないかと思う。<br /><br />【下垣氏】<br /><b>但馬の美味しいお米の条件</b><br />● 土質　蛇紋岩のある土はやはり美味しい。食味計でも、数字がでる。<br /><br />● 気候　稲のでんぷん質が出来る時期に、夜の気温が25℃以下の暖かさがないといけ<br />ない。高いと、米が乳白米という白い状態になる。低いと不稔にも。年にもよるが、夏<br />の大事な時に熱帯夜が長く続くと悪い。しかし、但馬の気温差はむしろ良い。<br /><br />● 水質と水温　円山川の水は、今は生活雑排水が入り込んだりして良くない。また、<br />六方田んぼの夏場の水温は、お湯のように高くて良くない。昔は、山田の棚田の方が美<br />味しくなかったものだが、温暖化も影響してか、棚田の水温が丁度良くなっている。生<br />活雑排水もなく、良い。神鍋や村岡などの標高が高いところが、美味しい。<br /><br /><b>農法あれこれ</b><br />V字農法　への字農法　あいがも農法と色々ある。それぞれ利点欠点がある。詳しくは<br />、ネットで調べる事が出来る。今の但馬では、無農薬より低農薬の方が食味は良い。<br /><br /><b>これから生き残る米農家</b><br />大きすぎる農家は、コストが合わないように感じる。小さすぎても合わない。2-3町歩<br />の規模が、日本の米農業に合っている。そんな農家が、但馬には多い。勘でやる農業よ<br />り、きちんとパソコンで計算して農業をすることが求められる。兼業農家や趣味でやる<br />農業は絶対に生き残る。TPPで米の関税が無くなることが考えられるが、大規模農家は<br />厳しいと思う。<br /><br />アメリカやカナダでは日本の米が研究されていて、安いジャポニカ米が<br />入ってくる事は予想される。それを日本人が美味しいと思うかどうか、ふたを開けてみ<br />ないとわからない。日本で作る米がやはり美味しいと民衆が判断すれば、過度に心配す<br />ることもない。<br /><br />【中西氏】<br /><b>コウノトリ育む農法のお米について</b><br />豊岡市とJAの決め事に従った農法を実践し、許可を得ないと、そのブランドは認められ<br />ないが、農家なら誰でもブランドをとれる。問題は食味。あんなもの、美味しいはずが<br />ない。ブランド名が先走っている。食味は決して良いとは言えるものではない。まず、<br />作り方が問題。ほんとうに美味しいお米作りの条件では作っていない。野鳥などの生き<br />物の環境を良くするという物語があるので、それは人に伝えても良いと思うが・・・・<br />。(実際にコウノトリ育む農法のお米を人に食べてもらうと、ネガティブな意見が多い)<br /><br /> 古い農家の方の意見は辛らつ。例えば、湛水にすることにより、土が乾かされて初め<br />て得られる養分の効果が期待できない。また、トラクターが踏み込んでしまう田んぼが<br />あるのも問題。このあたり、農家さんは言いたい事がたくさんあるようだが、言うに言<br />えない世の雰囲気だという。<br /><br />JAに高く買い取ってもらおうと思えば、米の水分量を14.5％まで乾燥しないといけない<br />が、本当はそんなに乾燥させてしまうと、ガクンと食味が落ちる。16パーセントくらい<br />が良いが、それだと保存の関係か、JAは高く買い取ってくれない。<br /><br />【下垣氏】<br /><b>美味しいごはんの炊き方</b><br />とはいえ、但馬のお米は美味しい。ごはんの炊き方をきちんとすれば、なお美味しい。<br />今頃は昔と違い、精米が上手に出来ているので、ヌカがあまり着いていない。昔のよう<br />によくといで洗う必要はない。気になれば、ササッと洗って、冬ならせめて1時間は水<br />に漬けておくこと。普通の炊飯ジャーで、好みの水量で美味しく炊ける。但馬の米は但<br />馬の水で炊くのが美味しい。現在高額で高性能の炊飯ジャーが色々出ているが、あれは<br />まずいお米を美味しく炊くのには良いが、但馬の米を炊くと、表面がベチャベチャにな<br />って良くない。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　【文責：岩本】]]></content:encoded><dc:subject>例会報告::2011年度</dc:subject><dc:date>2012-02-04T11:16:10+09:00</dc:date><dc:creator>Webmaster</dc:creator><dc:publisher>BlognPlus</dc:publisher><dc:rights>Webmaster</dc:rights></item></rdf:RDF>
