| 開催月日 | 5月22日(土) | 開催市町 |
朝来町 |
| テーマ | 鉱石の道〜神子畑編〜 | ||
| 講 師 | 美濃 豊さん(約36年間、明延鉱山に勤務。閉山後、あけのべ自然学校指導員) 島垣 晃(但馬学会員) |
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| 場 所 | 明延のまち | ||
| 参加者 | 島垣、浜野、中田、高石、栃尾、能登、太田、細見、西躰、椿野、会員外1名 | ||
| 担 当 | 島垣、太田 | ||
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明延一円電車展示館(旧喫茶店)での集合となった、ここは当時の一円電 車(くろがね号)が彩色を施され展示されている。たった1度だけまだ運転 中の電車に乗ったことがあるが、客席の狭さに苦笑して、トンネルだらけの 明延、神子畑間を思い出した。確かに1円だったのだ、と言うのも僕は5円 出したのだが、ちゃんと4円おつりをくれた。 |
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島垣会長の案内で町を探検する。ここにはアンツーカーのテニスコート、
ここは病院、と繁栄してた頃の写真と比較しながら進んでくると、ここは美
空ひばりが来た劇場で映画館だったと会長の説明が一段と強くなった。それ
もそのはず、今ではすっかり往時の面影はない物の、当時としては但馬でも
かなり大きな劇場だったことには間違いない。今は工場の倉庫として利用さ
れているが、中にはいると映写室が残っており、35ミリの映写機が鎮座し
ていた。骨頭好きには堪らないだろう。フィルムの切れっ端もあり、クッシ
ョンで映写されたらしい場内禁煙とか町の案内をしたガラスフィルムも散在
している。もったいなので1枚頂いたけど良いのだろうか。 明延川を渡ると道路が細くなり家々の面影が当時の雰囲気を色濃く残して いる。僕の好きなたばこ屋さんの看板もまだ残っていた。その前にタムラ電 気商会があり、そこのご主人が明延の歴史館を開いている。ここは見逃せな い。そこから程なくすると鉱山に行く登り口があるのだが、見学できないと 言うことで、銭湯を窓から覗いて引き返した。もちろん今は営業していない。 |
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明延自然学校でお弁当を頂いた我々は、鉱山学習館へ徒歩で向かった、少 しの登りが昼食後もあってか、堪える。元気な会員は路端に咲く花談義に夢 中だ。そんな疲れを傍を流れる清流が癒やしてくれる、本当に透き通った頭 を突っ込みたくなるような川なのだ。やっとの事で鉱山学習館へ着いた我々 は、美濃豊さんから明延の歴史やら、当時の仕事を紹介したビデオ、模型や らをを見せていただき、いざ坑道探検に赴いた。 |
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坑内は平均気温10度前後だという、ひんやりして気持ちいい。観光ナイ ズされていない坑道は、未だにそのまんまだ。当然我々はヘルメットを被っ て入ったが、なければ頭を打ちそうなところが所々ある。見学出来る坑道の 長さは現在では700mだけだが、当時の坑道全部を合わせると東京までの 距離に匹敵するらしい。そう、まるで地下帝国、アリの巣的な雰囲気だ。 鉱脈の跡がかなり残っており、ライトに反射するエメラルドグリーンが美し く感じる。この狭い坑道で発破をしかけ、砕けた鉱石を外に運搬するのだが 閉所恐怖症の僕には土台無理な話だ。それなのに、ここを酒蔵にして貯蔵し ている酒屋さんがいる。良い具合に熟成するそうだ。所々に当時の擦堀機が 置いてあるのだが、今にも作業する人がそこにいて動き出しそうだ。 |
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坑道を抜け出して入り口を見上げるとその上には山神さんが祀られていた。 |
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